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おばあちゃんが亡くなったけどみんな笑顔だった

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この度の平成30年7月豪雨でお亡くなりになられた方々に謹んで哀悼の意を表します。また被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。


*****


西日本豪雨被害のニュースがテレビで流れている夜、祖母が亡くなった。
母方の祖母である。
死因は豪雨被害の影響ではなく老衰。天寿を全うしたということになるのだろう。

半分予想していたことであり、半分はこの夏を乗り越えてくれるんじゃないかという期待もあった。
認知もあるし食事も喉を通らなくなりつつあったなか、その1週間前に「母(祖母)の容態が悪いかもしれないから」と母が帰省したのだが、思ったより落ち着いていて介助により少し体を起こすこともできたし、ゼリー状のものを口から入れることもできていたと安堵していたのだが・・・。
祖母の長女である私の母だけが故郷を離れている。その子が見舞って顔を合わせて安心したのかもしれないなと今では思う。


本来ならすぐにでも駆け付けたいところだが、なんせ450キロの距離がある。
豪雨の影響で高速道路が通行止めになっている区間もあり、走り慣れた行程とは違うそれでいて最短で安全な道を検討することで私は祖母の死だけに向き合わずに気を紛らわすことができた。
息子の一人が定期テスト期間なので息子達と夫に留守番を頼む。母と二人で帰るということはハンドルを握るのは私しかいない。
そんな風に気を紛らわせて過ごす出発前日に長引くと予想されていた通行止めは解除された。
正直、「あぁおばあちゃん来やすいようにしてくれた」と思った。
もちろん通行止めが解除になったのは被災復旧に尽力してくださった方々の力なのだけど、私にはそんな風に感じられた。

通いなれた道を飛ばす私。
幼少の頃は両親とともに年に2~3回は帰省していたが、大人になるにつれ年に1回も行かなくなってしまった。
施設に入所して4年半。「認知でわからないだろうから」と言われる言葉のままにその間一度も見舞わなかったことを後悔してももう遅い。
そんなことを考えながら先を急ぐ。
「通夜に間に合えばいいんだから」という母の言葉にうなずきながらも休憩もそこそこに。
いつもの帰省ならSAでゆっくりする母もトイレだけで車に戻ろうとするところをみると、そうは言っても気は急いているに違いない。
親子二人他愛ない話、思い出話をしながらの道中ではあったが、「早くおばあちゃんのところへ」と互いの心の中にはあったに違いない。


若年者が亡くなれば悲しみ涙を流す人も多いだろう。
それが老齢者ならそうでもないとは言わないが、祖母の通夜・葬儀に集まった方々の顔は皆沈んではいなかった。
祖母が暮らした家は本当に本当に田舎の山奥の集落で、親戚縁者がほぼ近隣に住んでいる。
祖母は母の弟である長男と一緒に暮らしていたが、その子・孫にも慕われ幸せだったと私は思う。
叔父の嫁である叔母さんは義両親との同居で辛い思いをしたこともあったと聞いているがそれでも最後まで祖母を看てくれた。祖母の認知が進み夜中に出ていくことが増えてからは施設入所が認められたのだけど、それも近隣の縁者にすれば姥捨てと捉える者もいたようで心中苦しんだことと思う。
それくらいの田舎環境なわけだが、祖母を送るときの列席者はみな穏やかな顔だった。

通夜の夜伽には母と母の妹(叔母)と私がついた。
祖母の棺を上座に3人川の字で布団を敷いた。4人で同じ部屋で寝ていると誰ともなく思い出話になる。
もちろん親子である母と叔母はたくさんの記憶を手繰る。孫である私は幼少の切り取られたワンシーンの思い出を手繰る。

私は祖母にとっては初孫で一緒に暮らしていないからこそ可愛がられた記憶しかない。
祖母の幸せも苦しみも認知も常に見ていなかったので、祖母と一緒に過ごす時間が幸せだった記憶しかないし「おばあちゃんが死んだ」という悲しみだけしか感じられないのだけど、近隣に住む縁者はいつの日も祖母と関わり幸せも苦しみも見てきたから祖母の死は悲しみより一緒に過ごした充実があり良い人生を送ったと幸せだったと、そしてこの数年の無意識の苦しみから解放されたことへの安堵で穏やかに捉えられたんだろうと思う。
一番関わりの少なかった私だけが涙しているのが恥ずかしく情けなく申し訳なかった。


葬儀を終えたあと、幼少の頃祖父母に連れられて出掛けた場所に行ってみた。
あの頃と少しづつ色んな事が変っているけど、記憶は色あせないように願っている。
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優しかった祖母。
田畑に連れられトマトやキュウリの収穫を手伝って邪魔もしたこと。
裏の山から流れる真夏なのにしびれるほど冷たい水にトマトを浸けてそのままかじったこと。
夏休みの宿題を放り出して川へ行こうとする私を見つけて言った「そげなことしちゃいけんよ」。
祖母は叱っているつもりだったけどその優しい言い方は私には堪えてなかったこと。
愛らしいおばあちゃんでした。
もう会えない・・・。




ARIGATO☆